ひきつづき、キャロル・S・ドゥエック著『マインドセット「やればできるの研究」』を紹介します。著者の研究テーマは、人間の信念の力を証明することです。

第3章 能力と実績のウソホント②

第3章の続きです。

芸術的才能は天賦のものか?
知能には、言語能力や理数能力、論理的思考能力などいろいろな能力があるので、どれか一つくらいは伸ばせるような気がしないでもないですが、芸術的能力はどうでしょう?
ベティ・エドワーズ著『脳の右側で描け』には、著者の短期デッサン講座に参加した人たちの受講前後の自画像が掲載されています。ここではお見せできませんが、驚くべき進歩が見られます。私のような素人目には、幼稚園児の絵が美大生並みになった感じです。これはたった5日間での進歩です。
線の角度、空間、位置関係、陰影、明暗、そして全体を捉える力、などのスキルを習得したうえでそれらを同時に働かせることができてはじめて絵がかけるそうですが、このようなスキルを自然に身につけた人努力して身につける人がいるもいます。言い換えれば、訓練しなくてもできる人がいますが、それ以外の人が訓練を受けてもできないわけでないということです(場合によっては、訓練を受けた人の方がはるかにうまくできるようになります。)。

危険なほめ方ー優秀というレッテルの落とし穴
多くの人が子供の能力をほめる必要があると考えています。
しかし、能力をほめるということは、「重要なのは能力があること」「成績から潜在能力までもわかる」と告げているようなもの、つまり硬直マインドを刷り込むようなものです。
思春期の子供たちを対象にした、「ほめることと成績の関係」を見るための実験があります。
結果は、能力をほめると生徒の知能が下がり、努力をほめると生徒の知能が上がった、というものだそうです。
能力をほめられた生徒は、ぼろを出して自分の能力が疑われるかもしれないと考え新しい問題にチャレンジしなくなり、難問を出された後は、面白くないと答えたそうです。
努力をほめられた生徒は、新しい問題にチャレンジすることを選び、難問が出されてもむしろ難しい問題の方が面白いと答える生徒が多かったそうです。
この実験から、もう一つショッキングな事実が明らかになりました。
全員に「これから他校へ行って、どんな問題が出たかを教えてあげてください」と言って、紙を配り、自分の得点も書く欄を作っておきました。
信じがたいことに、 能力をほめられた生徒たちの4割近くが、自分の得点を高めに偽って書いたのです
子どもに「あなたは頭が良い」と言ってしまうと、その子は自分を賢く見せようとして愚かな振る舞いに出るようになるのです。
ほめ方次第で、子どもからチャレンジ精神を奪い、成功への道を閉ざす危険性があるのです。

ネガティブなレッテルほど強くはびこる
苦手のレッテルを貼るのが良くないことは誰でも知っているけれども、その影響力の深さはあまり認識されていません。
たとえば、アフリカ系アメリカ人は知能が低いと思われ、女性は数学や理科が苦手とされています。
ある研究によると、人種や性別のチェック欄にしるしをつけただけでも、心に染み付いたステレオタイプが呼び起こされ、試験の成績が下がるそうです。
自分は黒人あるいは女性であることを意識させるようなことはすべて、それぞれが苦手をされる試験の成績を大幅に下げます。しかしこのステレオタイプが喚起されなければ、差は生じないことが多くの研究で分かっているそうです。
とはいっても、誰もがこうした影響を受けるのではなく、影響を受けるのはだいたいが硬直マインドセットの人だけです。
マインドセットがしなやかならば、不利な立場におかれても、そこから吸収すべきことは吸収し成長の糧にすることができます。それを示す興味深い実験結果があります。
この実験では、アフリカ系アメリカ人の学生に小論文を書いてもらって、提出後、それを審査するのは、白人体制派の代表格の有名教授、エドワード・コールドウェルであることを知らせました。この教授の審査評は辛辣ですが大変に示唆に富むものなので、学生の反応はさまざまでした。
硬直マインドセットの学生たちは、彼の評価を脅しや侮辱あるいは攻撃だと見なし受け付けようとしませんでした。ある学生は「偏見に満ちていて、公正に見てくれない。私を嫌っている」と述べました。
しなやかマインドセットの学生は、やはり彼のことを疎ましく思いながらも、その審査評には一目置いていました。ある学生は「傲慢で威圧的で相手を見下す人だという印象を受けた。評価は正当で的確だと思う。より良い小論を書くための刺激となります」と述べました。

著者によれば、大学を中退するマイノリティや、理数科目について行けなくなる女子学生の多くは、能力ではなく、疎外感や違和感にドロップアウトの原因があるそうです。
微積分コースを取っている女子学生の意識を追跡調査しました。
女子学生には、数学に対する感情と帰属感(クラスに溶け込んでいるか、浮いている気がするか)を報告してもらいました。
しなやかマインドセットの女子学生たちは、帰属感がかなり強く安定していました。ステレオタイプの見方をされても、それが疎外感や自信喪失につながらず、一般通念をはね返すことができていました。
硬直マインドセットの女子学生たちは、授業が進むにつれますます帰属感が薄れていき、数学が苦手だと思われていると感じるほど、学習意欲を下げていきました。
マインドセットがしなやかならば、周囲からどう見られていようとも、自信や能力を損なうことなく、その偏見に立ち向かっていくことができるのです。

女性の多くはステレオタイプの見方に影響されるだけでなく、他人の評価を真に受けやすいという欠点も抱えています。
能力が高く、成績優秀な女性には、叩かれるとすぐにへこんでしまう人が多いのは、こうした女性たちほど幼いころ、だいたいがお利口さんで、みんなからほめられて育ってきたからです。「いつもみんながほめてくれるのだから、もし批判されたら、私が悪いに違いない」と思ってしまいます。
男の子はしょっちゅう叱られたりお仕置きされたり、仲間同士でもしょっちゅうバカだのアホだの言いあって慣れっこになっています。小学校の教室で観察したところ、男の子は女子の8倍も叱られられていたそうです。

マインドセットをしなやかにするには?
あこがれの人物を思い浮かべましょう。その人は驚異的な能力の持ち主ではなく、その人の業績の陰にはとてつもない努力があったことを知り、その人をいっそう素晴らしい人と感じましょう。
人が自分より優れた業績を上げたときのことを思い出しましょう。それは能力でなく努力の差であったと考えましょう。
▶どうせだめだとあきらめて、頭を働かせることをやめていないか考えましょう。今度そういう気持ちになったら、結果ではなく、学んで向上していくことに関心を向けましょう。
わが子にレッテル貼りをしてないでしょうか?能力や素質があるとほめることが必ずしも良い結果を生まないことに注意しましょう。
ネガティブなレッテルを貼られた集団のメンバーが、世の中の半分を占めています。大人、子どもを問わず、みながしなやかなマインドセットで暮らせる環境を作っていきましょう。


つづく…。