wisewayのblog

このブログは、少し賢くなりたい賢く生きたい、という希望を持って始めるブログです。 賢く生きる方法を探究するために、関連する書物や記事を読んでまとめていきます。

clearly』

Think clearly:おわりに

ひきつづき、ロルフ・ドベリ著『Think clearly』を紹介します。

おわりに

本書のサブタイトルは、「最新学術研究から導いた、より良い人生を送るための思考法」です。
著者の、よい人生の定義は、「わからない」だそうです。中世の否定神学のようなとらえ方だそうです。
神とはどんな存在なのかについて、具体的には言い表せないが、どんな存在でないかならいうことができるという、とらえ方です。

リチャード・ファインマンは、鳥の名前を世界中の言語で知っていたとしても、その鳥について知っていることにはならないので、その鳥の動きを観察しようと言い、「・・・幼いころに、『何かの名前を知っていること』と『何かを知っていること』の違いが分かるようになった」と言っています。

著者は、「人生は単純だ」という思い込みを批判します。世の中はもはや、人間の直観で理解できないけれども、文明の発展のスピードに脳の進化は適応できず、我々の脳は石器時代のままでいるのです。
だからいろいろな思考法が詰まった道具箱が必要なのだそうです。
これを用意しておけば、世界をより客観的にとらえ、長期的に良い結果をもたらす行動ができるようになります。日々練習を重ね、思考の道具の使い方をマスターすれば、自分の脳の仕組みを変化させ、より良いものにすることができます。
よい人生が保証されるわけではありませんが、よい判断やよい行動ができる確率は高まります。

本書の五二の思考の道具の出典は、心理学研究の成果ストア派の思想バリュー投資家の思考、の三つだそうです。この三つが導き出す人生のコツ処世訓思考法は、一つ形へと収斂するそうです。それを発見したとき著者は、思わず膝をうちたくなる瞬間だったそうです。


訳者あとがき
訳者の安原実津氏のあとがきで、本書の五二の思考の道具の中から訳者ご自身のお気に入りが述べられています。
一つは、「ものごとは柔軟に修正したほうがうまくいく(2.何でも柔軟に修正しよう)」という考え方、もう一つは、(3.大事な決断をするときは、十分な選択肢を検討しよう)だそうです。
ちなみに、訳者によれば、著者のお気に入りは、「五秒決断ルール(5.簡単に頼みごとに応じるのはやめよう)」だそうです。
訳者いわく、どの思考法から始めたらいいのかわからない人は、まずは充実した人生を妨げる要因を取り除く要因を取り除くことから始めるといいようだそうです。これもなかなか良いアドバイスです。

本書の紹介はこれで最終回になりますが、本ブログの目的にマッチしたよい本でした。
目からうろこの内容と、自分を向上させてくれる練習法の類が書かれていたからです。
次回、本書に関する私のお気に入りや感想を書きます。



つづく…。



Think clearly:52

ひきつづき、ロルフ・ドベリ著『Think clearly』を紹介します。

52.内なる成功を目指そう―物質的な成功より内面の充実のほうが大事なわけ

・「フォーブスリスト」に掲載されているのは成功者?
アメリカの「フォーブス」誌は毎年、長者番付を作成していますが、そのような雑誌は、スイスにもドイツにもフランスにもあるそうで、どのリストでも世界の富豪は、企業家もしくはその相続人だそうです。
世の中には、もっとも論文が引用された研究者、最もよく読まれた作家、最も収入の多い芸術家やミュージシャン、スポーツ選手、などなど、「成功の度合いを測るランキング」がたくさんあります。
これらの「成功者」がどれくらい成功しているのかは、「成功」の定義によって変わりますが、社会における成功の基準は何か、社会において「評価」されるのは何か、については人々の行動に影響を与えます。アメリカの心理学者、ロイ・バウマイスターによれば、日々生死をかけた戦いが行われている小規模社会では、食べ物をたくさん運んでくる猟師、敵をたくさん殺した兵士、子供をたくさん産む母親などが評価されます
現代社会では「フォーブスリスト」の基準、すなわち「物質的な成功」で評価されます
社会を一つに結びつけているのが「経済成長」であるため、富豪のリストはあるのに、満ち足りた人生を送っている人のリストはありません。


・「成功の定義」は時代によって変わる
「フォーブスリスト」に心を乱されないように次のことを知っておきましょう。
一つ目、「成功の定義は時代の産物」だということ。1000年前には、フォーブスリストなどありえませんでした。このリストの上位に長年ランクインしているウォーレン・バフェットは自分が数千年前位に生きていたら動物の格好の餌食になっていたと言っているそうです。
もう一つ、「物質的な成功を手に入れられるかどうかは、100パーセント偶然によって決まる」ということ。すでにみたように、あなたの遺伝子、生まれた地域、知性や意志の力に自分ではいっさい影響を与えることはできません。だからフォーブスリストは偶然の結果を羅列したものだと思ったほうが良く、ランキングに載っている人を崇める必要はありません。


・内なる成功とは「平静な心」を手に入れること
億万長者のディナーに招かれたと誇らしげに知らせてきた友人を、著者は不思議に思ったそうです。億万長者と会ったからと言ってお金をもらえるわけでもなく、重要なのは話し相手として面白いかどうかで資産の額などではないからです。
少なくとも2000年前から存在している「成功の定義」を、著者は紹介してくれます。
内なる成功こそ、真の成功」という定義です。
これは、心の充実や平静さを手にいれることであり、この成功は社会の評価に左右されることがありません。
古代ギリシャや古代ローマの哲学者たちは、心の内側の成功を「アタラクシア」と呼び、これに到達した人は不運などにも取り乱したりすることはないそうです。
では「内なる成功」を手に入れるにはどうすればいいのでしょう?
それには、私たちが影響を及ぼせることだけに意識を集中させ、
それ以外のことは一貫して意識から切り離しておくこと
だそうです。
つまり「外の世界」ではなく、「自分の内側」に意識を集中させるのです。
自分の内側はコントロールできても、偶然の要素が働く外の世界の力が働く権力やお金、人気などをコントロールすることはまず不可能です。そうしたものに重きを置いているとそれを失ったときにひどく動揺するでしょう。


・墓地で一番裕福な人間になるより今人生を充実させる
アメリカのバスケットボール史上、抜きんでた業績を上げた名コーチだった、ジョン・ウッデンは選手たちに、「成功とは、最高の自分になるために全力を尽くした後に得られる、心の平和のことだ」と指導していたそうです。つまり成功とはタイトルや収入ではなく、「心の状態」であると定義づけたのです。
実際には、「内なる成功」だけを求めて、外の世界を気にしない境地に完全に到達でき人はまずいないでしょうが、日々トレーニングを重ねていけば理想に近づけるそうです。
そのために、一日の終わりに、その日の自分を批評する時間を持ちましょう
今日はどこに問題があっただろうか? 今日一日のどこかの部分を毒のある感情で台無しにしてしまっただろうか? あなたのコントロールの外にある出来事のうち、あなたを動揺させたのは何だったろう? その動揺から立ち直るのに、どの精神的な道具を使っただろうか?

死ぬときに墓地で一番裕福な人間になっているよりも、「内なる成功」に向けて努力して、今すぐに人生を充実させたほうがいいです。
その日その日を人生最高傑作の日にしよう」とウッデンはいつも選手たちに言っていたそうです。

内なる成功」に完全に到達できなくても、生きている限り努力し続けることはできます。
外の世界での成功」を目指している人たちも、目的は結局、心を充実させることのです。それならば精神的な幸福を得るために、外側の成功という回り道をする必要はありません。

幸せな人生の秘訣は、最初から「内なる成功」を目指すことなのです




つづく…。



Think clearly:51

ひきつづき、ロルフ・ドベリ著『Think clearly』を紹介します。

51.自分の人生に集中しよう―誰かを「偉人」に仕立て上げるべきではない理由

・鄧小平は、どんな経緯で改革を行ったのか
「本物の偉人」は本当にいないのでしょうか?
たとえば、鄧小平は、一九七二年に中国に市場経済を導入し、数百万人もの人々を貧困から救う経済振興プロジェクトを行いました。彼がいなければ、中国は現在のような経済力を誇っていなかったはずだ、と言えるかもしれません。
イギリス人のサイエンスライターで政治家のマット・リドレーは、史実を分析し、中国の市場経済導入の経緯に関わる別の側面を示してくれているそうです。
市場経済導入のきっかけとなったのは、鄧小平の政策ではなく、一般市民の自発的な動きだったというのです。
中国のひなびた村で困窮した18人の農夫が生活の糧を自分たちで生産しようと、仲間内で国有地を法に反して分割し、一年目でそれまでの五年間で得た収穫量をしのぐ量の収穫をしました。
豊かな収穫量が党の地域幹部の目に留まり、この方法を広めたほうがいいと党に提案し、それが鄧小平の手にわたり、彼がそれを導入する決定を下したのです。
当時のトップが鄧小平のような実用的な考えを持つ人物でなければ、もう少し時間がかかっていたかもしれませんが、遅かれ早かれ改革は起きていたに違いない、とリドレーは書いているそうです。


・その発明者がいなかったら、その技術は生まれていない?
グーテンベルグがいなければ本が、エジソンがいなければ白熱電球が、ライト兄弟がいなければ旅客機が、発明されていなかったと思うかもしれませんが、それも正しくないそうです。
この三人もまた、その時代の、ただの登場人物にすぎないのだそうです。
グーテンベルグより前に中国ではずいぶん前から印刷技術が使われていましたし、エジソンより前に同線をつないで光らせた発明家は二三人もいたことがわかっているそうです。ライト兄弟のようにエンジンを搭載した飛行機実験はいくつものチームが世界中で行っていました。
同じことはほぼすべての発明や発見に関して言えるそうです。
リドレーは、次のように書いています。
トーマス・エジソンは優れた人物だったに違いないが、彼の存在は(白熱電球の発明に)まったく必要なかったのだ。イライシャ・グレイとアレクサンダー・ベルは電話機の発明特許を同じ日に申請したが、仮に、特許庁へ向かう途中でどちらも馬に踏み殺されてしまっていたとしても、今日の世界に変わりはなかっただろう」。
技術が発明者を発見するのであって、発明者が技術を発見するのではない」とリドレーは結論付けています。
高度な科学技術に関する大発見ですら、個人の功績ではないのです。
個々の研究者の存在はそれほど重要ではないのです。発見されるべきものはすべて、いつか発見されるものなのです。


・大事なのは「漕ぎ方」よりも「ボートの機能」のほう
同じことは、起業家や経済界の大物に関しても当てはまるのです。
八〇年代に家庭用コンピュータのためのオペレーティングシステムを誰かが開発するのは、必然的な流れで、たまたまそれがビル・ゲイツだったのです。
スマートフォンも、スティーブ・ジョブスがいなくても、デザインはともかく、機能はそう変わらないものはできていたでしょう。
有名企業の名だたる経営者にも同じことが言えます。
ウォーレン・バフェットいわく、「経営者としてのあなたの業績は、あなたの漕ぎ方が効率的かどうかより、あなたが載っているボートの機能によって決まるところが大きいのです」。
マット・リグレーは辛辣に、「たいていのCEOは高い報酬を手に従業員たちが生み出した波でサーフィンをしている便乗者だ。(中略)メディアによってつくりあげられた高貴な王族であるかのようなイメージは虚像にすぎない」。
あらゆる大物たちは「時代の産物」にすぎないのです。


・もっとも集中すべきなのは、あなたの人生
たとえあなたがどんなに優秀でも、世界全体の構造からみれば、あなたはさして重要でも不可欠でもない、取り換え可能な存在でしかないのです。
あなたが、本当に重要な役割を担っているのは、あなたの人生に対してだけなのでそれに集中すべきです。そうすると自分の人生をコントロールするだけでも重労働なのがわかり、「世界を変える」などといったことを考えずに済みます。
もちろんときには偶然、重要なポジションにつくこともあるでしょうが、そこでは与えられた役割を完璧にこなす一方で、あなたをみなが待ち望んでいたなどという錯覚に陥ってはなりません。

自分を重要な人物だととらえすぎないのも。良い人生を手にするための有効な戦略の一つだそうです。



つづく…。



Think clearly:㊿

ひきつづき、ロルフ・ドベリ著『Think clearly』を紹介します。

50.世界を変えるという幻想を捨てよう―世界に「偉人」が存在しない理由

・私たちには「世界を変える力」があるのか?
私たちは世界を変えることができる。より良い世界をつくることができる。あなたには、それだけの力がある
ーネルソン・マンデラ
自分には世界を変える力があると信じ込めるほど頭のおかしい人間は、本当にそれをやってのける
―スティーブ・ジョブス

人々を奮い立たせる刺激的なフレーズですね。私たちが意味のある存在だと思わせてくれます。
しかし、私たちには本当に、「世界を変える力」があるのでしょうか?
先に挙げたようなフレーズが今ほどたくさん聞かれることは、かつてなかったそうです。
社会に変化が起こるのは、王様が戦争を引き起こしたり、人間に腹を立てた神様が懲罰として地震を起こしたりしたときだけであって、一人一人の市民が世界を変えられるとは誰も考えていませんでした。
私たちは有名な起業家や発明家のように、世界の在り方を変えられると信じており、「世界をより良いものにすること」を目標にした組織で、自ら進んで通常の半額の給与で労働力を提供したりします。


・「フォーカシング・イリュージョン」と「意図スタンス」
著者いわく、世界を変えられるという思想は現代のイデオロギーの一つですが、実は全くの幻想だそうです。二つの思い違いがそこにはあると言います。

一つ目は、「フォーカシング・イリュージョン」(「13.」を参照)です。
ダニエル・カーネマンは、この思い違いを「あることについて集中して考えている間はそれが人生の重要な要素のように思えてても、実際にはあなたが思うほど重要なことではない」、と説明しています。
ルーペを使って地図を見るとある部分が拡大されるように、世界をより良くするプロジェクトにのめり込むと、その意義を拡大評価してしまうのです。

二つ目は、アメリカ人の哲学者、ダニエル・でネットが提唱した「意図スタンス」と呼ばれる概念で、「変化が起きる際には、必ず誰かの意図が働いている」という考えです。南アフリカのアパルトヘイトの撤廃はネルソン・マンデラ、インドの独立はガンジー、原爆はオッペンハイマー、・・・がいたからそこ可能だったと考えるのです。


・出来事の背後には必ず「誰かの意図」があるのか?
「変化の裏には、誰かの意図が働いている」という考え方は、進化の過程からくるもので、そう考えたほうが意図が存在しないと思うよりも「安全」だったからだそうです。
茂みの中から音がすれば風のせいだと考えるよりも、お腹をすかせた猛獣や敵が潜んでいると考えたほうがいいのです。
そのため私たちは、誰かの意図とは無関係に起きた出来事に対しても、
誰かの意図やその出来事の背後にいる誰かの存在を感じてしまう
のです。
そうはいっても、アパルトヘイトの撤廃はマンデラなしで起こりえたのでしょうか?

「出来事に背後には必ず誰かの意図がある」という考え方によれば、世界の歴史は「偉人たち」の歴史となります。
イギリスのサイエンス・ライターで政治家でもあるマット・リドレーは、著書『進化は万能である』中で「私たちには、たまたまタイミングよくその場所にいた聡明な人物を、褒めたたえすぎる傾向がある」と言っているそうです。
啓蒙主義の思想家、モンテスキューは、すでにこう書いていました。
マルティン・ルターは宗教改革をもたらしたことになっている。(中略)だが、宗教改革はいずれにせよ起きていただろう。ルターがいなければ、他の誰かが改革していたはずだ」。


・歴史をつくった「人物」などいない
西暦一五〇〇年頃、ポルトガルとスペインの征服者たちが少人数で中南米諸国を侵略し、アステカとインカとマヤという三つの帝国を短期間に崩壊させましたが、征服者コルテスがとりわけ賢かったわけでも能力が高かったわけでもありません。
単に無謀な征服者たちが、そうとは知らずにヨーロッパから「病気」を持ち込んだせいです
彼らには、免疫がありましたが、土地の人たちにとってその病気は致命的だったのです。
現在中南米の半数の人がスペイン語あるいはポルトガル語を話して、カトリックを信仰しているのは、実は「ウィルス」と「細菌」による結果なのです
では一体だれが歴史をつくったのでしょうか?
答えは、「歴史を作った人物などいない」です。
その時々に起きる出来事は、その時代に流れや影響を受けた偶然の産物に過ぎないのです。
歴史の資料を細かく調べれば、大きな変化が起きる際には、必ず偶然の要素が含まれているそうです。
歴史上の「重要人物」は、当時起こった出来事の登場人物の一人にすぎないこともよくわかっているそうです。
著者の言うよい人生の条件に、「偉人」崇拝をしないこと自身が「偉人」になれるかもしれないなどと幻想を抱かないようにすること、があります。



つづく…。



Think clearly:㊾

ひきつづき、ロルフ・ドベリ著『Think clearly』を紹介します。

49.自分を重要視しすぎないようにしよう―謙虚であることの利点

・「人名」がついた大通りを歩きながら思うこと
通りの名になったのがどんな人だったか、ちょっと想像してみましょう。
その人たちと同じ時代に生きていて、知り合いだったら素晴らしい気持ちでしょうが、今ではその人物が誰なのかさえ知らないかもしません。

とくに有名な人物たちでも、名前が広く知られていた期間はせいぜい「四世代」だったことを考えれば、ビル・ゲイツも、ドナルド・トランプも100年後200年後は誰も知りませんし、まして私たちについては、わずか数十年後に知る人は一人もいなくなるでしょう。


・遺伝子を次世代に残せるのは、どちらのタイプ?
この世界に、限りなく自尊心が高い「Aタイプ」とほとんど自尊心を持たない「Bタイプ」の二種類の人がいると考えてみましょう。
Bタイプの人は、誰かに大事なものを何か取られても、人生にはそういうことがあるさと気にかけません。Aタイプの人は、激怒し、取り返そうとします。
遺伝子を残せるチャンスが大きいのは、もちろんAタイプです。
そして現実世界でも、ある程度のエゴを持たずに生きていくことは、まず不可能です。
ほんの一日でも「私」や「私の」という言葉を使わずに過ごせるかどうか、試してみましょう。著者は無残な結果に終わったそうで、要するに我々は「Aタイプ」の人間だと述べています。
困ったことに、これが我々の人生を台無しにする原因になることがあるそうです。
「あまり褒めてもらえない」「努力しいているのに評価してもらえない」など少しの侮辱を受けただけで、かっとなります。
しかし我々は自分で思っているほど、重要な存在ではありません。
「自分が重要な人間だ」という思い込みを避けるには、次世代の視点から自分を眺めてみるといいそうです。そのころには、誰もあなたのことを覚えていませんから。


・「自分を重要視する度合い」は低いほうがいい
「自分を重要視しすぎない」のは、よい人生を手にするための基本中の基本だそうです。
それどころか、「自分を重要視する度合いが低ければ低いほど、人生の質は向上する」という逆の相関関係が存在するそうです。
なぜでしょう?
一つ目、自分を重要な存在だと思い込むと、「余計な労力」が必要になるからです。
絶えず、自分をアピールする一方で、それに対する周囲の反応もキャッチしようとするのです。
だから、サクセスストーリーや有名人と知り合いという自慢話、などで注目を浴びようとしないことです。大金持ちだったとしても、自分の名前を付けた施設やスタジアムなどを建設したりしないことです。


・自信過剰になると、判断ミスを犯しやすくなる
二つ目は、自分を重要視するほど、「自己奉仕バイアス」に陥りやすくなるからです。
自己奉仕バイアスに陥ると、何かの目標に到達するために何かを行うのではなく、自分をよく見せるために行うようになります。
そのうえ、自分を重要視する人は、自分の知識や能力までも「過大評価」する傾向にあるため、結果的に重大な判断ミスを犯しやすくなります。

三つ目は、自分を重要視していると「敵」をつくってしまうからです。自分を重要視する人は、同じように自分を重要視する他人を許容できず彼らを過小評価するので、今度は彼らから牙をむかれる立場になります。

「エゴ」は敵なので、エゴは意識的に抑えたほうがいいということを覚えておきましょう。
ローマ皇帝だったマルクス・アウレリウスは、自らの地位の高さに居心地の悪さを感じ、日記(『自省録』というタイトル)を書きながら、常に謙虚でいようと自分を戒めていたそうです。当時のローマ皇帝と言えば地上最高の権力者なので、なかなかできることではありません。
多くの宗教では、「自尊心」は悪魔の現れと見なされています。


・「謙虚」でいたほうが生きやすい理由
誰もが偶然どこかに生れ落ち、偶然どこかで死を迎えるまでのわずかな時間を生きています。

長い目で見れば、謙虚でいたほうが生きやすいそうです。

多くの人は、「謙虚でいると損する」と考えています。いいように利用されてしまうと感じるのでしょう。
実際は逆で、謙虚であればあるほど尊敬されます正直であること、特に自分に正直であることは、尊敬される人間になるために重要なもう一つのことだそうです。
「行き過ぎた自己評価」は現代社会の病であることを覚えておきましょう。



つづく…。



記事検索
ギャラリー